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大阪地方裁判所 昭和47年(ワ)2027号 判決 1976年10月08日

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、「被告は原告に対し、金九二五、〇〇〇円及びこれに対する昭和四七年六月四日から完済まで年五分の金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。」との判決、ならびに仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、次のとおり述べた。

第一  加害行為(裁判官の違法な判決)

一、裁判官の判決

(一)  判決言渡

訴外木下重康は、大阪地方裁判所第五四民事部裁判官として、訴外増田メリヤス株式会社(以下訴外会社という)から原告に対する同庁昭和四五年(ワ)一七六一号損害賠償請求事件を審理し、同四七年一月二一日、同庁において次の主文の判決を言渡した。

(主文)

被告は原告に対し、金八二五、〇〇〇円およびこれに対する昭和四四年一一月二八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決は仮に執行することができる。

(右主文中、原告とは訴外会社を、被告とは本訴原告を指す)

(二)  事実摘示

同裁判官は、右判決において

(1) 訴外会社(右事件原告。以下同じ)は、ミシン縫製業を営んでいるものであり、原告(右事件被告、以下同じ)は、スパロール製作所でミシンの販売、修理を営んでいるものであること

(2) 訴外会社は、昭和四三年一月一二日、原告に対し近藤製営業用動力高速ミシン機の改造修理方を依頼し、一週間ないし一〇日以内に修理する約で、該ミシンを原告に引渡したが、原告はその修理をせず、同四四年一一月二七日に至つて、未修理のまま訴外会社にこれを返還したこと

(3) 訴外会社は、原告から右ミシンを返還してもらえなかつたため、同四三年一月二二日から同四四年一一月二七日までの間右ミシンを使用できず、そのため金一、三八五、四一六円の損害を蒙つたこと

(4) 原告の答弁としては、前記(2)の事実はすべてこれを認め、(3)の金額を否認したこと

(5) 原告の抗弁として、原告は訴外会社に対し、従来一人で一台しか使用できなかつた工業用ミシンを、一人で二台以上使用できるようにするための機械装置を、代金を一六〇、〇〇〇円、納品時に支払を受ける約束で売渡したが、装置の調子が悪く、三カ月位経過した後、訴外会社は右装置を原告に返還したこと、右につき原告は訴外会社に対し損害賠償債権を有するとして、訴外会社から修理のため預つていた前記ミシンを留置したこと

の各事実を摘示した。

(6) 右(5)において原告が主張した被担保債権の内容を補足明確にすると次のとおりである。即ち、訴外会社は原告から買受けた機械装置代金一六〇、〇〇〇円を支払わなかつたので、原告は、昭和四三年七月頃代金債務不履行を理由として右売買契約を解除し、原状回復義務の履行として訴外会社から売渡機械装置の返還を受けたものであるところ、右機械装置は売渡後返還を受けるまでの半年余の間、訴外会社により使用されていたため価値が減少し、中古品として半額八〇、〇〇〇円の価値となつていたので、原告は右機械装置の売渡時の価額から右半額を差引いた残額八〇、〇〇〇円の損害を蒙り、訴外会社に対し同額の損害賠償債権を有するに至つたのである。

(三)  法律判断

同裁判官は右判決において、

(1)、原告の前記(二)の(5)の抗弁を認めなかつたのであるが、その理由として、原告において修理のため訴外会社から預つたミシンを留置するためには、訴外会社に対する損害賠償請求権が右ミシンに関して生じたものであることを要するところ、原告の右損害賠償請求権は、原告と訴外会社間の他の売買に関するものであるから、その間に関連性を有するものと認めることができないと判示し、

(2)、前記(二)の(2)に関し、原告は訴外会社に対し債務不履行の責を免れず、その損害賠償義務を負担すると判断し、その損害額は前記(二)の(3)の訴外会社主張どおりであることを認定し、その内金八二五、〇〇〇円の支払を求める訴外会社の原告に対する請求を全部認容した。

二  判決の違法性

(一)  右判決によると、同裁判官は原告の抗弁を判断するに当り、被担保債権と留置物との間に関連性が必要であることを前提とし、その関連性がないことを理由に原告の抗弁を排斥した結果、原告を敗訴せしめたことが明らかである。

(二)  しかし同裁判官は、右判決において、当事者双方がいずれも商人であり、双方商人間の商行為より生じた債権を被担保債権とする留置権であることを認定しているのであるから、原告の留置権は当然商法五二一条の適用により被担保債権と留置物との間に関連があることを必要とせず、従つて原告主張の損害賠償債権の存在について判断すべきであるのにこれをなさず、原告を敗訴せしめたのであつて、右判決は違法である。

第二  故意又は過失

一、故意

右に述べたように同裁判官が商法五二一条の規定を適用しなかつた理由は、判決理由からは窮知することができないところであるが、仮に同裁判官において右商法の規定を知りながら審理の煩を免れるため、ことさらこれを適用しなかつたとすれば、同裁判官の行為は故意による不法行為といわねばならない。

二  過失

仮に同裁判官が前記規定の存在を知らなかつたか、知つていたとしてもその内容を誤解したか、それともその適用を失念したかのいずれかであるとすれば、法律専門家たる同裁判官としては重大な過失がある。

第三  損害

一  損害の発生

原告は前述のとおり昭和四七年一月二一日敗訴判決を受け、同判決が同年二月二八日確定したので、訴外会社に対し右判決に基く支払として、同年四月一〇日、金額をいずれも金六一、六四五円、満期を同年四月から同四八年六月までの各月末日とした約束手形一五通(この金額合計金九二四、六七五円、その内訳は、判決による元金八二五、〇〇〇円と、これに対する同四四年一一月二八日から同四七年三月二七日までの遅延損害金九九、六八五円の合計額)を振出し、右手形金をいずれも満期日に支払つたから、これにより原告は右同額の損害を蒙つた。

又原告は、本件訴訟を原告訴訟代理人に委任し、報酬ならびに費用として金一〇〇、〇〇〇円を支払うことを約したので、右同額の損害を蒙つた。

二  因果関係

原告の蒙つた右損害は、いずれも訴外会社との前記訴訟に敗訴したことにより生じたものであり、右敗訴は木下裁判官が故意又は重大な過失により、商法五二一条を適用せず、原告の留置権を排斥したことによるものであることは明白であり、同裁判官が右規定を適用して原告の留置権を認めていたならば、当然原告の訴外会社に対するミシン返還義務不履行に正当性が認められるのであつて、原告が訴外会社に対し右判決が命ずるような損害賠償義務を負担するいわれもなかつたのである。

第四  国家賠償法による請求

木下裁判官は、裁判官として民事裁判の職務を行うについて、故意又は少なくとも重大な過失により前記のとおり商法五二一条を適用せず、違法な判決をして原告を敗訴せしめ、原告に前記損害を加えたものであるから、被告は国家賠償法一条一項により原告に対し右損害を賠償すべき義務がある。

よつてここに被告に対し、前記損害金の内判決により支払を命じられた元本金八二五、〇〇〇円、本訴弁護士費用金一〇〇、〇〇〇円、右合計金九二五、〇〇〇円、及びこれに対する訴状送達の翌日たる昭和四七年六月四日から完済まで民法所定年五分の遅延損害金の支払を求める。

第五、被告は、原告が本件敗訴判決について上訴をしなかつたことを捉えて、右判決と原告の損害との間の因果関係を否定しているのであるが、前訴において原告は、いわゆる本人訴訟として答弁書等も自らこれを作成し、事前に弁護士は勿論司法書士にも相談しなかつたのであり、本件判決において、自らの主張事実がほぼ認められていながら、法律上は留置権が認められないと判示されたのをみて、新制中学校を卒業したのみで法律に素人の原告が、裁判官の法律判断を正しいものと信じ込み控訴しなかつたのであるが、その後右判決により支払を命じられた金員の支払の件で原告の本訴訟代理人に相談した結果、はじめて本件判決の判断に誤りがあることを知つたのであつて、原告としては上訴しなかつたことにつきなんら責められるべき点はない。

被告指定代理人は、主文と同旨の判決、ならびに敗訴の場合における担保を条件とする仮執行免脱宣言を求め、答弁として次のとおり述べた。

第一  認否

一、請求原因第一の一(裁判官の判決、但し一、(二)の(6)を除く)、及び二(違法性)(一)の事実は認めるが、二(二)の主張を争う。

二、同第二(故意又は過失)の主張を争う。

三、同第三、一(損害の発生)のうち、原告主張の日に原告敗訴の判決が言渡され原告主張のとおり確定し、これより原告が訴外会社に対し金八二五、〇〇〇円の元本支払債務を負担することは認めるが、本訴弁護士報酬額は不知、その余の損害額を争う。

同二(因果関係)の主張はすべて争う。

第二  被告の主張

一、原告が前訴において、商事留置権の被担保債権として主張したという金八〇、〇〇〇円の損害賠償債権については前訴における原告の答弁書、準備書面には、要件事実の記載、損害額及びその算定根拠が明らかにされておらず、いかなる法的根拠に基く債権であるかが明らかでなかつたのであるが、木下裁判官は、原告が留置権の抗弁を主張しているものと考え、前訴の口頭弁論期日に再三にわたつて原告の主張する債権の法的根拠を明らかにするよう原告に釈明したのにかかわらず、原告においてこれに応じなかつたため、原告の主張事実をもつては商事留置権の抗弁として不完全であると判断し、本件判決の事実摘示に商事留置権の抗弁を記載せず、従つて理由中においても判断を示さなかつたのである。

また、商法五二一条が「双方ノ為メニ商行為タル行為ニ因リテ生シタル債権」と規定しているところからすれば、商事留置権の被担保債権は、商人間の双方的行為に基くものでなければならないと解されるところ、原告の答弁書及び準備書面にあらわれた事実からすると、原告の主張する損害賠償債権は、不法行為又は契約解除による債権としか考えられないのであるから、仮に抗弁の主張として完全であつたとしても、不法行為に基く損害賠償債権は双方的商行為に基いて生じたものとはいえないし、売買契約解除に基く損害賠償債権は、契約の解除によつて売買契約が遡及的に消滅するのであり、従つて本来の売買契約による代金債権とは別個独立の債権であり、双方的商行為に基く債権とはいえないから、商事留置権の抗弁としては、いずれも主張自体失当といわねばならない。

二、仮に本件判決が違法であるとしても、原告の損害との間には相当因果関係がない。

およそ上訴制度は、裁判に不服のある当事者に不服を申し立てさせ、同一事件を異る裁判所に繰り返して審理させることによつて、裁判の過誤を少なくしようとするもので、これにより裁判の正確公平性が担保されているのである。従つて原告において本件判決に違法があると主張するなら、上訴によつて争うべきであり、かつそれが可能であつたのにかかわらず、原告は上訴の機会を徒過して本件判決を確定させたのであり、原告が適切に上訴をしていれば、その主張する損害が発生しなかつたかも知れないのであつて、原告の本訴請求は訴訟制度を無視したものである。結局原告の損害と本件判決との間には自然的因果関係があるに過ぎず、両者の間に相当因果関係がない。

(証拠)(省略)

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